2024年11月22日公開
第6回 広告法
Ⅰ 広告法務は情報法務
最近は筆者が情報法務をやっていることをご存知の方が増えており大変ありがたい。ここで、筆者が「広告法務をやってます!」として、例えば『実践編 広告法律相談』(以下「広告法律相談」という。)1を執筆した等と説明すると、「あれ、情報法以外にも色々やられてますね!」という反応を頂くことがある。もちろん、顧問業務等ではクライアントのため、情報法以外の案件も(必要に応じてその分野に詳しい同僚等の助けを得ながら)対応しているものの、広告法はれっきとした「情報法」である2。
以下では最近の重要な動きである、改正景表法の施行(II)と、ステマ規制の執行状況(III)について述べたい。
1)松尾剛行『実践編 広告法律相談』(日本加除出版、2023年)
2)松尾剛行「重要なのは消費者視点 – 『広告法律相談125問』著者に聞く、ステマ規制等の最新動向と法務の心構え」BusinessLawyers2024年1月12日
https://www.businesslawyers.jp/articles/1355。最終閲覧2024年11月20日。以下同じ。
Ⅱ 改正景表法の施行
1 はじめに
令和6年10月1日に改正景表法が施行された。以下では、景表法改正の概要を述べた後(2)、ガイドライン(3)及び実務上の留意点を説明する(4)。なお、以下の条文は原則として改正後の景表法の条文である。
2 改正の概要
「広告法律相談」157頁以下で改正の概要を説明しているが、以下が重要である。
ア 確約手続の導入
元々、景表法違反に対する消費者庁側の対応策のレパートリーとしては、主に、行政指導・措置命令・課徴金納付命令があった。即ち、一定の軽微な違反には行政指導で是正を指導するが、一定以上の強度の違反に対しては、措置命令として是正措置を命じたり、課徴金納付命令として利益の一部を課徴金として徴収する。しかし、景表法違反は後をたたない。
改正景表法は、確約手続を導入した(26条以下)。確約手続は景表法違反が疑われる事業者が是正措置計画を申請し、消費者庁長官から認定を受けると、措置命令・課徴金納付命令を受けないとする制度である。
事業者が自ら是正をしようとするならわざわざ措置命令・課徴金納付命令を行う必要はない場合もあるだろう。そこで、いわば、行政指導と、措置命令・課徴金納付命令の間に位置付けられる、中間のメニューとして確約手続が導入された。
イ 課微金制度の改正
旧法は、課徴金の対象を優良誤認・有利誤認とし、算定率を3%としていた。改正法はこの基本的建て付けを維持した上で、売上額の推計(8条4項)、繰り返し違反した場合の割り増し(8条5、6項)、自主返金による課徴金減額における自主返金の手段を増やす(10条1項括弧書)等の改正を行っている。
ウ 直罰制
加えて、これまでは措置命令違反の罰則等、まずは消費者庁が命令を行い、それに違反した場合等に初めて刑罰が課せられる、いわゆる間接罰であったところ、優良誤認・有利誤認に対しては命令を経由せず、直接罰則が課される(48条)。
3 ガイドライン等
(1) はじめに
改正を受けてガイドライン等が改正された。なお、下記以外に業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針3等も改正されている。
(2) 確約手続に関する運用基準
確約手続に関する運用基準(以下「運用基準」という。)4は、確約手続に係る法運用の透明性及び事業者の予見可能性を確保する観点から策定された。
概ね、以下の手続となることが明らかにされている(運用基準4)。
調査開始(消費者庁)
↓
確約手続通知(消費者庁)
*違反被疑行為の概要及び違反する疑いのある又はあった法令の条項が記載される。
|
60日以内
↓
確約認定申請(事業者)
↓
確約計画の認定(消費者庁)
(3) 課徴金に関する「考え方」の改定
不当景品類及び不当表示防止法第8条(課徴金納付命令の基本的要件)に関する考え方(以下「考え方」という。)5
も改定されている。
小幅な改定ではあるものの、考え方第4・4で「売上額の推計」について、考え方第4・5で「課徴金の額の加算」について項目が追加されていることから、改正景表法の下における売上額の推計や課徴金の額の加算を理解する上では必読である。
4 実務上の留意点
(1) 予防法務の問題であること
このような改正の概要を読まれて、「改正事項は全て臨床法務(紛争解決法務)であって、消費者庁に指摘された場合のトラブル対応においてこのような改正に対する対応を考えればいい」と思ってしまう読者もいらっしゃるかもしれない。しかし、例えば、直罰制というのは、消費者庁が介在せず、直接警察が動くことがあるということであって、紛争になってからでは遅いのである。以下、「広告法律相談」170頁以下を参考に、実務上の留意点を説明したい。
(2) 「飴と鞭」で適切な管理体制を構築させようとする
景表法改正は、ある意味では、「飴と鞭」を与え、適切な管理体制を構築させようとしていると評することができるだろう。即ち、改正前から、管理体制構築義務(改正法22条)は存在していた。しかし、管理体制をきちんと構築していたからと言ってどのようなメリットがあるかが分かりにくかった。
もし事業者がしっかりと管理体制を構築していたにもかかわらず、何らかの原因で、従来であれば措置命令や課徴金納付命令を受けていたような景表法違反をおこなってしまった場合でも、そのようなしっかりとしている会社であれば、適切な対応をすることで、事案を確約手続に乗せる可能性が上がるところ、確約手続が利用できれば、措置命令や課徴金納付命令を回避することができる。もちろん、管理体制によって違反をゼロとするのが望ましいが、事業者として日頃から注意することで、仮に違反があっても恩恵を受けやすくなる。
また、確信犯的に違反をおこなって管理体制ができていないところには直罰もあり得るし、繰り返し違反すれば課徴金も加算される。
(3) インフルエンサー等も他人事ではない
これまでは、ブローカー、インフルエンサー、アフィリエイター、リサーチ会社等は「景表法違反の共犯」であっても、(広告主に対して行われる)措置命令違反の共犯ではない。そこで、刑事罰リスクはほとんどなかった。
ところが、今回直罰が入ることで、ブローカー、インフルエンサー、アフィリエイター、リサーチ会社等がまさに優良誤認広告や有利誤認広告の共犯として直接刑事罰を受けるリスクが出てきた。
もちろん、以前から、消費者を騙すような景表法違反の広告に関与しないよう多くのブローカーやインフルエンサー事務所等は一定の管理措置等を講じて注意してきただろう。しかし、このような注意の水準をもう一段階あげて慎重な対応をしないと、広告主と一緒に、いわば「一網打尽」にされるリスクがあることに留意しなければならない。
Ⅲ ステマ規制の執行状況
1 はじめに
ステマ規制の概要は「広告法律相談」115頁以下記載の通りであるが、既に2023年10月の規制導入後、筆者の知る限り3件の摘発事例があることから、これらについて簡単に説明し、最後に実務上の留意点について説明したい。
2 医療機関
2024年6月7日の消費者庁の公表6によると、ある医療機関がインフルエンザワクチン接種の際に来院した患者に、Googleマップ上で星4つ又は5つの投稿をすることで割引をすると伝え、それによって患者がそのような高評価の投稿を行ったことで、本当は医療機関が内容を決めている医療機関の表示であるのに、まるで患者がそのような高評価を行っているような外観を呈することになったことがステマ規制違反とされた。
6)https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms204_240607_01.pdf
3 ジム事件
同年8月9日の消費者庁の公表7によると、あるジムが、インフルエンサーに依頼してInstagramにジムを勧める表示をさせたところ、当該表示を抜粋してジムのHP上に掲載した際に、HP上ではジムの依頼であることが明らかではなくなってしまったためステマ規制違反とされた。
7)https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_240809_01.pdf
4 製薬会社事件
同年11月23日の消費者庁の公表8によると、ある製薬会社がインフルエンサーに依頼してInstagramに同社のサプリを勧める表示をさせたところ、当該表示を抜粋して製薬会社のHP上に掲載した際に、HP上では製薬会社の依頼であることが明らかではなくなってしまったためステマ規制違反とされた。
8)https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_241113_01.pdf
5 実務上の留意点
(1)広告主向け
現時点でもステマが疑われる行為がSNSで散見される。その理由は広告と明示してしまうと、そうしない場合よりクリック数が減るからであろう。しかし、本当は広告であるにもかかわらず、それを隠して稼いだクリック数は、ある意味では「消費者に誤認を招いて稼いだもの」という認識を持つべきである。そこで、まだそこまで執行事例数が多くないとしても、今後は更に執行の可能性があるという意味で「同業他社がやっているから」式の危ない橋を渡るやり方は厳に慎むべきである。
特に、「SNSのインフルエンサーの投稿では確かにPRと明記したが、その後でそれをHP上で紹介した」という場合において、HPにおいて抜粋・紹介する際にPR表示が削られる等して、まるでそれがインフルエンサー本人の表示であるような誤認を招くと、一罰百戒的に摘発され、そのことが公表されるなど、レピュテーションリスクがある。このような過去の執行事例等も踏まえ、法務が社内の広告部門に対して研修を提供する等して防止・抑止に努めるべきである。
(2)広告会社向け
広告主からは、「できるだけ話題になるものを」と依頼されるところ、その趣旨は「適法な範囲で」広告効果を最大化せよというものであることはいうまでもない。その依頼を実現するため、ステマやそれに近いグレーな対応をすることは、むしろ広告主にもインフルエンサーにも迷惑をかけかねない。
やはり、広告主は広告法が手薄であることが多く、またインフルエンサーはしっかりとした事務所に所属していればともかく、個人やそれに近い場合には、「PRタグをつけさえすれば大丈夫」等と広告法について必ずしも正確ではない理解をしていることがある。
広告会社の法務はステマ規制を含む広告法の「プロ」としての役割を果たすことが望ましいだろう。広告主とインフルエンサーを繋ぎ、例えば、SNSにおけるインフルエンサーの表示だけではなく、それを抜粋したHPの記載まで含めて広告全体としての適法性を担保することができるのであれば、それはまさに広告会社として与える付加価値であり、法務部門としてその付加価値に大いに貢献することができる。
(3)インフルエンサー向け
ますます広告に関する規制が厳しくなり、特にインフルエンサーのSNS上のステマ広告という、少し前までは「極めて多くみられた」事項にメスが入った。確かに現時点では、まだ摘発件数はそう多くないものの、今後ますます厳しく執行されるようになっていくものと予想されるから、是非気をつけて頂きたい。
まずは、個々の投稿が「企業PR案件」か、「自分の表示したい内容を表示するもの」かを明確にしなければならない。位置付けが曖昧な投稿をすること自体が大きなリスクである。
その上で、「自分の表示したい内容を表示するもの」と位置付けるのであれば、どこまで企業等の影響を受けているかを確認すべきである。企業からPRを依頼されて広告費をもらう場合に、「クリックが減るのでPR案件とは言わないで欲しい」と言われても、そのような影響を受けながら、なお自分の表示だという建て付けを維持することは厳しいように思われる。
これに対し、PR案件と整理する場合でもどこかにPRと書いてありさえすれば良いものではない。PRタグが例えば多くのタグの中に埋まっていれば、それは広告だと表示したことにならないのである。やはり、そのPR文言がない場合にどのように見えるかを考えるべきであろう。つまり、もし、「最近話題の商品を私も試してみました!とっても美味しかったです!」のような、PRタグがなければ自分で買ってその感想を述べているように読めるものであれば、単に「言い訳」的にPRというタグが付されていればそれだけで大丈夫ということではないだろう。これに対し、PRタグがなくても読者が広告の趣旨と分かるものであって、その上でPRタグがついているものであれば比較的安全であろう。
<筆者プロフィール>
松尾剛行(まつお・たかゆき)
桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士(第一東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士、法学博士、学習院大学特別客員教授、慶應義塾大学特任准教授、AI・契約レビューテクノロジー協会代表理事。