テクノロジー法務の国際潮流

2024年08月16日公開

第3回 HRテック(HRテクノロジー)

Ⅰ はじめに

 HRテック(HRテクノロジー)は人事労務のあらゆる面で活用されるテクノロジーである。本稿は、総論的問題(II)を概観した上で、採用(III・1)、人的安全管理措置(III・2)、業務における情報技術の利用(III・3)、教育研修・人事考課・人事異動(III・4)、労働時間管理(III・5)、健康管理(III・6)及び退職(III・7)を含む、採用から退職までの各分野におけるテクノロジーの活用と法律実務上の諸問題について検討する。


Ⅱ 総論的問題

 現在は、実務において様々なHRテック(HRテクノロジー)が広く活用されている。現在提供されているプロダクトを採用管理、タレントマネジメント、勤怠管理、経費管理、労務管理、マイナンバー及び給与管理という枠組みで整理するものもある1
 HRテック(HRテクノロジー)にまつわる法律問題2としては、概ね情報法とその解釈・適用の問題群と労働法の解釈・適用の問題群のそれぞれが存在し、これらが入り混じっていることが重要である。
 例えば、採用に関するテクノロジーの利用は、労働法との関係では採用の自由3が存在することからリスクが比較的少ないということはできる。しかし、情報法、とりわけ、個人情報の保護の観点からは、その適切な取扱いが必要なことはいうまでもない。その際には、個人情報保護法だけを見ていればよいのではなく、職安法の個人情報の保護に関する規定4や、関連する下位規範5を踏まえた検討が必要なことが重要である。


1) https://hrnote.jp/wp/wp-content/uploads/2018/12/caosmap-hrtech.png
2)松尾剛行『AI・HRテック対応人事労務情報管理の法律実務』(弘文堂、2019年)、山本龍彦=大島義則編『人事データ保護法入門』(勁草書房、2023年)参照
3)菅野和夫=山川隆一『労働法』(弘文堂、13版、2024年)252頁以下参照
4)職安法5条の5第1項「公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者、特定募集情報等提供事業者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。」
5)例えば、「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針」<https://www.mhlw.go.jp/content/001003997.pdf>の第五参照。


Ⅲ 分野別の考察

1 採用

 採用に関する総論的留意点は、IIのとおりであるが、最近では、学生等の求職者側がテクノロジーを利用し始めているということに留意が必要である。すなわち、今後のAI等の利用を踏まえたキャリアデザイン等が必要となる中6、例えばエントリーシートをChatGPTで作成する等の動きが広がっている7。そのような中で、企業側としても、どのように求職者を選抜すべきかが問われる時代となっている8

6)例えば、松尾剛行『法学部生のためのキャリアエデュケーション』(有斐閣、2024年)181頁以下参照
7)高橋諒子=北川慧一「就活にもChatGPT広がる 30秒でES作成…注意すべき点は」朝日新聞2023年6月25日<https://www.asahi.com/articles/ASR6T4RM1R6JULFA00M.html>
8)例えば、ChatGPTの利用を禁止すべきか、禁止するとして、どのようにChatGPTを利用したか否かを判別するべきか、AIの利用の有無を判別すると謳うサービスが誤検出をする可能性はないか等の課題が生じている。

2 人的安全管理措置

 企業における情報管理という観点からすると、従業員等の故意・過失による情報漏洩その他の情報管理上の問題が発生することを防ぐための安全管理措置は非常に重要である。例えば、個人情報保護法24条9は、従業員等に対する必要かつ適切な監督を定める。
 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン (通則編)1010-4は、人的安全管理措置として従業員の教育・研修や、就業規則等における秘密保持に関する事項の盛り込み等を定めている。
 最近では、転職時の営業秘密の持ち出し、クラウドのアクセス権限設定のミスによる非公開とすべき情報の公開による漏洩事案11や、VPN等に関するソフトウェアの更新を怠ったことによるランサム攻撃被害12等が問題となっており、最近のトレンドに即した教育・研修等を実施することが重要である。筆者も、毎年のように情報管理に関する研修講師を務めており、ロールプレイ研修等、単なる座学を超えた実践的な研修を行うこともある。

9)「個人情報取扱事業者は、その従業者に個人データを取り扱わせるに当たっては、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。」
10)https://www.ppc.go.jp/files/pdf/240401_guidelines01.pdf
11)松尾剛行『クラウド情報管理の法律実務』(弘文堂、第2版、2023年)5頁参照。
12)松尾剛行「ランサム攻撃に関する個人情報保護法、会社法、及び民法に基づく法的検討 —情報セキュリティと法の議論枠組みを踏まえて—」情報ネットワークローレビュー21巻(2022年)68頁参照。<https://www.jstage.jst.go.jp/article/inlaw/21/0/21_210005/_pdf/-char/ja>

3 業務における情報技術の利用

 在宅勤務やWeb会議が増加する中で、様々な情報技術が業務に用いられるようになっている13
 例えば、Web会議の内容をAIで議事録に起こす等のテクノロジーの利用は、従業員の利便性を向上させるものとして肯定的にとらえることができる。もっとも、これを個人情報保護法の観点からどのように整理すべきかは課題となる14
 また、在宅勤務中の従業員のモニタ情報を上司に送付したり、社用スマホのGPS情報を上司に送付したりする等、監視・モニタリング技術は、ますます高度化が進んでいる。既に、就業時間外のGPS監視を違法とした東起業事件(東京地判平成24年5月31日労判1056号19頁)15等の先例が存在することから、このような先例を基に、新たな監視手法の特殊性を踏まえた検討を行うべきであろう16

13)なお、テレワークとの関係では令和6年4月施行の改正職安法施行規則4条の2第3項3号括弧書が「就業の場所の変更の範囲」を明示することを求めており、例えば就業の場所を自宅(フルリモート)とした上で、就業場所の変更をしないと明示した場合において、簡単にフルリモートを解除して出社を求めることができなくなることに留意が必要である。なお、同項1号が「従事すべき業務の内容の変更の範囲」の明示を求めていることは、技術職の従業員を事務に配置転換されたことが違法とされた最判令和6年4月26日裁判所HP<https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/092928_hanrei.pdf>と合わせてジョブ型雇用(松尾前掲注6・51頁以下参照)との関係で興味深いが、本稿の趣旨との関係で詳論しない。
14)松尾剛行「生成AIと個人情報保護法」一橋研究掲載予定も参照のこと
15)松尾前掲注2・191頁以下参照。
16)松尾剛行「テレワークにおけるプライバシーの法的課題」季刊労働法274号(2021年)28頁以下参照

4 教育研修・人事考課・人事異動

 AIやテクノロジーが業務に広く利用される(上記3参照)ことから、業務におけるAIその他のテクノロジーの利用方法について教育研修で教えるリスキリング17、このようなAI・テクノロジーをうまく活用して業務を進められるかを踏まえた人事考課や適材適所の配置の検討の際におけるAI・テクノロジーの活用能力の加味等が課題となっている。その場合には、AIに対する抵抗感、例えば「AIで業務が効率化したら、自分は不要になるのではないか」等という不安を払拭することが重要となる。
 また、AIを利用した個々の従業員のニーズに合った個別化された教育・研修カリキュラムの作成、人事考課や人事異動の原案のAIによる作成等、従来人間が行っていた人事関係業務においても、テクノロジーの支援を受けるようになっている。これまでも、人事においてコミュニケーションが重要とされてきた。例えば、特定の評価や異動先が本人にとって一見不満であっても、その意図を伝え、どのような活躍を期待するかを説明することで、本人として士気高く業務を遂行できるようになるという側面がある18。そこで、単に「AIがこうするようにと回答したから」に留まらない説明ができるよう、人間の人事担当者が実質的な関与を行うべきである。

17)松尾前掲注6・66頁参照
18)松尾前掲注2・238頁等参照

5 労働時間管理

 労働時間管理については、情報技術の進展により事業場外みなし労働制19の適用が難しくなるのではないかという問題がある20
 この点、最判令和6年4月16日(協同組合グローブ事件)裁判所HP21が、この点に関する判断をしており、興味深い。この事案では、技能実習に関する訪問指導等を行っていた従業員について、会社が事業場外みなし労働時間制を適用していたところ、高裁(原審)が業務時間を記載した業務日報が提出されていたこと等を踏まえ、事業場外みなし労働時間制の適用を否定した。最高裁は、以下のとおり述べて原審の判断を破棄し、差し戻した。

原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

 このような最高裁の判断は、日報等何らかの方法で労働時間を算定できるとしても、その方法での算定の正確性が担保できないのであれば、なお事業場外みなし労働時間制を適用する余地があることを示唆している。
 そしてテクノロジーとの関係では、林補足意見が以下のように述べていることが参考になるだろう。

いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。
こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。

 これはあくまでも補足意見に過ぎないが、事業場外の労働のありようが多様化する中で、一律の判断ではなく、個別具体的な判断を行っていく方向性が示唆されている。そして、具体的なテクノロジー活用の態様はこの個別具体的な判断において重要な要素となるだろう。


19)労基法38条の2第1項「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」
20)松尾前掲注2・263頁以下
21)https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/906/092906_hanrei.pdf

6 健康管理

 健康情報については、一方で要配慮個人情報22等のセンシティブなものが多く、一度会社が収集したら、これを厳重に管理すべき反面、安全配慮義務23の履行の観点からは、きちんと情報を収集しなければならないという点が重要である24
 このような観点から、雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項25や労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する 指針26が公表されている。このうち、後者は、令和4年以降改正されていないが、前者は令和5年10月に改正されている。この改正は個人情報保護法のいわゆる令和2年改正・令和3年改正を折り込んでおり、健康情報の中に要配慮個人情報ではないものも含まれるがそれも要配慮個人情報に準じて扱うべきこと(同第2他)や、漏えい等への対応(第3・6)等、一定の実質改正が含まれることから、自社の規程及び取扱い実務がこのような最新ルールに準拠しているものか再度確認することが良いだろう。

22)個人情報保護法2条3項「この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。」
23)労働契約法5条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」参照。
24)山本=大島前掲注2・92頁以下[松尾剛行執筆]参照
25)https://www.ppc.go.jp/files/pdf/koyoukanri_ryuuijikou2.pdf
26)https://www.mhlw.go.jp/content/000922318.pdf

7 退職

 退職については、同じAIであってもその「売り出し方」次第で、炎上リスクが変わり得ることが重要である。
 すなわち、従業員の情報を踏まえ、退職確率を算出し、退職勧奨を行う退職勧奨AIについては、いわば「首切りAI」「リストラAI」等と受け止められ、炎上リスクが高いだろう。しかし、たとえ同じ技術を使っていても、「離職防止対応の必要性が高い人」をリストアップし、離職防止のために必要な施策を提案する「離職防止AI」であれば、社会に受け入れられるかもしれない。このように、技術の社会実装においては、その技術が優れているかだけではなく、いかに社会受容性を高めるかを考えることが重要である。また、離職防止AIを開発・提供する側や利用する側としては、「これを悪用すれば「首切りAI」「リストラAI」になるのではないか?」といった批判がなされ得る事を踏まえ、それに対してどのように説明するかを考えた上で開発・提供し、利用していくべきである。


IV HRテック(HRテクノロジー)の未来

 HRテック(HRテクノロジー)の分野においては技術革新のスピードが速く、また、法改正や新しい判例等、法律の観点からも重要な変化が多数発生している。例えば、2024年8月1日には、賃金査定におけるAIの利用について労使間の和解が成立し、組合に、査定におけるAIの評価項目を全て開示することとなったと報じられている27。本稿では、重要性の高いものを簡単に紹介したに留まる。著者としては、引き続き理論と実務の架橋に努めると共に、読者の皆様に随時最新情報を提供していきたいと考えている。

27)https://www.ben54.jp/news/1382


松尾剛行

<筆者プロフィール>
松尾剛行(まつお・たかゆき)
桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士(第一東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士、法学博士、学習院大学特別客員教授、慶應義塾大学特任准教授、AI・契約レビューテクノロジー協会代表理事。