テクノロジー法務の国際潮流

第1回 ブレインテック

Ⅰ ブレインテックの現状

 ブレインテックと呼ばれる、脳情報を含む脳神経科学に関する情報の高度な利用に関する技術が進展している。各国も国家プロジェクトとしてブレインテックに関する研究を行っており、米国のThe Brain Research Through Advancing Innovative Neurotechnologies(通称ブレイン・イニシアチブ1)や、日本のムーンショット型研究開発事業2はその代表例である3
 最近の国際動向として、ブレインテックの一種である、脳とコンピューターをつなぐインターフェイス(BCI、Brain-Computer Interface)を開発しているイーロン・マスク氏率いるブレインテック企業Neuralinkは、2024年3月20日に、公式Xアカウントで、治験として行われたBCI埋め込み手術の最初の患者へのインタビュー動画を公開した。その中では、BCIを埋め込まれた治験者が、車椅子に座ってノートPCの画面に向かって「脳で」操作をしてゲームをプレイする映像等が含まれている4。将来的には、多くのコミュニケーションがブレインテックを利用して行われるようになると予測される。

1) National Institutes of Health, The Brain Research Through Advancing Innovative Neurotechnologies® (BRAIN) Initiative Revolutionizing our understanding of the human brain, available at https://braininitiative.nih.gov/.
2) 国立研究開発法人科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発事業」〈https://www.jst.go.jp/moonshot/index.html〉。そのうちの主に目標1の「2050 年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」が関係する。
3)なお、筆者はかかるムーンショット型研究開発事業のうちのInternet of Brains Society 研究会(IoB-S研究会)において研究参加者を務めた。〈https://www.iob-s.com/〉同チームは、2022年から2024年まで、注11記載のものを含む「Law of IoB-インターネット・オブ・ブレインズの法」連載(以下「IoB連載」という。)を継続し、また、IoB-S研究会実装実験系課題検討タスクフォース「IoB-S研究会実装実験系中間報告書脳神経科学技術(ブレインテック)の法的課題-神経法学(Neurolaw)の構築に向けて」を2024年に公刊した。
4) 佐藤由紀子=ITmedia「イーロン・マスク氏のNeuralink、初治験者の動画公開『私の人生を変えてくれた』」 ITmediaNEWS(2024年03月21 日)〈https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2403/21/news102.html


Ⅱ ブレインテックに関する法的課題

1 憲法論

 ブレインテックに特に関係が深い憲法上の権利としては、プライバシー、自己決定権、自己情報コントロール権、平等権・平等原則、及び、思想・良心の自由等の様々なものが想定されているが、近年、注目されているのが神経権(neurorights)及び認知過程の自由(cognitive liberty)である。
 「Neurorights」という用語は、2017年にMarcello IencaとRoberto Andornoがブレインテックの発展に伴う法的・倫理的課題に対応するという観点から提案したものである5。認知的自由、精神的プライバシー、精神的完全性、及び、心理的連続性という4つの権利が含まれている6
 ブレインテック時代において生じる憲法問題に対応するための権利(自由)として、認知過程の自由(cognitive liberty)を中心に理解する見解も存在する。この見解は、神経系のインテグリティをその権利(自由)の核心に据えた上で、インプット→処理過程→アウトプットという一連の流れを想定して精神的自由権の体系全体を捉え直す統合的プラットフォームの確立をも視野に入れている7。日本においても、プラットフォーム規制の文脈において、鳥海不二夫及び山本龍彦の共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて ver2.0―情報的健康を、実装へ」の中で、発展著しいブレインテックを認知過程の自由を侵害する形で利用してはならないと指摘されている8


5) Marcello Ienca & Roberto Andorno, Towards new human rights in the age of neuroscience and neurotechnology, 13 Life Sciences, Society and Policy, article number 5 (2017, available at https://lsspjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40504-017-0050-1).
6) Id, at 2.
7)小久保智淳「『認知過程の自由』研究序説――神経科学と憲法学――」法学政治学論究126号(2020 年秋季号)397-400頁。及び同「神経法学の体系 : 神経科学技術の憲法的統制に向けて」法學政治學論究  139号(2023) 133 -176頁〈http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10086101-20200915-0375
8)共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて ver2.0―情報的健康を、実装へ」(鳥海不⼆夫&山本龍彦)2023年度KGRI Working Papers No.1、22 頁。https://www.kgri.keio.ac.jp/docs/S0120230529.pdf

2 行政規制

(1)医行為該当性

 一口にブレインテックといっても様々なものがあるところ、例えば、電極を埋め込む侵襲型や、ブレインテックを利用して医療行為を行う場合において重要となってくるのが、医行為該当性である(医師法17条)。
 まず、医行為とは、「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」である9。そして、2018年の通達10は、「人工知能(AI)を用いた診断・治療支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても、診断、治療等を行う主体は医師であり、医師はその最終的な判断の責任を負うこととなる」と指摘している。
 

 そこで、ブレインテックを利用してデータを取得・処理し、診断、治療等を行う場合や、電極の埋め込み手術を行う場合、医師以外の主体がそのようなサービスを提供することはできず、医師のみが当該サービスを提供することができることになる。しかし、同通達の下でも医師の監督の下でブレインテックを利用することはなお可能である11

9)最判令和2 年9 月16 日刑集74 巻6 号581頁
10)厚生労働省医政局医事課長「人工知能(AI)を用いた診断、治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第17条の規定との関係について」(医政医発1219第1号、2018年12月19日)https://www.pmda.go.jp/files/000227450.pdf
11)なお、この点については、IoB連載、とりわけ、松尾剛行=小久保智淳「Law of IoB : インターネット・オブ・ブレインズの法(第16回)エンハンスメント問題 : 脳神経科学技術による認知機能増強をめぐって(事例研究3 前編)事例とコメント」法学セミナー2023年8月号57頁及び大島義則他「Law of IoB : インターネット・オブ・ブレインズの法(第17回)エンハンスメント問題 : 脳神経科学技術による認知機能増強をめぐって(事例研究3 後編)ディスカッション」2023年9月号66頁以下参照。

(2)医療機器該当性

 ブレインテックデバイス等が医療機器であれば承認等の取得が必要となる。なお、ハードウェアとの関係でのみ医療機器該当性が問題となるのではなく、プログラムであっても、疾病診断、治療、予防用のプログラムやそれを記録した媒体は医療機器に含まれ得る12

12) 「プログラムの医療機器該当性に関するガイドラインの一部改正について(薬生機審発0331第1号、薬生監麻発0331第4号)」(2023年3月31日)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001082227.pdf

3 センシング、データマネジメント、及び、エンドエフェクター

 ブレインテックに関する一つの分類として、通信・電子・情報工学に関する国際的な学会であるIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)は①センシングテクノロジー、②データマネージメント、及び、③エンドエフェクターに焦点を当てている。

(1)センシング

 センシング段階においては、Ⅲで述べるプライバシーや、2(1)で述べた医行為該当性が問題となる他、特に脳に電極を埋め込む侵襲型の場合、傷害罪(刑法204条)該当性が問題になり、傷害罪の違法性阻却事由を検討すべきことになる。その際には、インフォームド・コンセントや説明責任の問題も関連してくることになる。

(2)データマネジメント

 データマネジメント段階においては、典型的には個人情報の安全管理等が問題となることからIIIを参照されたい。この点に加え、いわゆる「データは誰のものか」というデータオーナーシップも問題となる13

13)但し、ここでいう「データオーナーシップ」はデータに対する所有権を観念できるということではない。データが知的財産権等により直接保護されるような場合は別として、一般には、データに適法にアクセスし、その利用をコントロールできる事実上の地位、または契約によってデータの利用権限を取り決めた場合にはそのような債権的な地位を指して、「データ・オーナーシップ」と呼称することが多いものと考えられる。「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1 版」(2019年12月)16頁https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12685722/www.meti.go.jp/press/2019/12/20191209001/20191209001-1.pdf

(3)エンドエフェクター

 エンドエフェクターの問題は、即ち、ブレインテックによって脳内から抽出した情報を処理した結果をどこに反映するかの問題である。IEEE は、エンドエフェクターを(a)上肢用外骨格、(b)下肢用外骨格、(c)上肢用義足、(d)下肢用義足、(e)電動車椅子、(f)神経刺激装置、及び、(g)仮想・拡張現実(VR/AR)の7種類に分類している。特にそのエンドエフェクターが、例えば外骨格や義手・義足である等、現実空間に影響を与える場合には、そこで生じる事故等の被害について不法行為(民法709条)やPL責任等が問題となる。

4 その他の問題

 その他、ブレインテックを通じて締結される契約の問題、ブレインテックを通じて行われる不法行為の問題、ブレインテックを利用しての取締役会への参加その他の会社法の問題、刑法の問題、労働法の問題、知財の問題、手続法の問題等様々な問題が存在し、既にIoB連載で大部分について簡単に言及しているものの、更に深堀りした論文を引き続き公刊する予定である。


Ⅲ ブレインテックと個人情報保護・プライバシー

 上記Ⅱで論じた各種の問題のうち、個人情報保護・プライバシーについては既に2023年に、「脳神経情報と個人情報保護・プライバシー」14という論文を公刊して詳論したところである。筆者は、ブレインテックとプライバシーとの関係につき、ブレインテックのプライバシーへ及ぼす影響が時代によって異なり得るということが重要であると考える。
 つまり、現時点の技術的状況は、ブレインテックによる脳内の情報の読み取り能力が向上しつつある15ものの、限界がある。そこで、ブレインテックの読み取り結果は、確かに一定程度参考にはなるものの、それはあくまでも参考情報であって、正確に解読しているというよりは、むしろ「推測」に過ぎないし、大いに間違える。そこで、現時点のブレインテックとプライバシーの問題としては、ブレインテックの読みとった不正確な情報がまるでその人の本心や本質であるかのようにして流布等されるリスクが重要である16
 ところが、将来的にはブレインテックの読み取り能力が格段に上がることは十分にあり得る。その場合には、流石に100%にならなくても、例えば99%読み取ることができるのであれば、人間が「言い間違い」「書き間違い」をすることを考えると、ブレインテックによる読み取りが言語によるコミュニケーションと同程度か、むしろそれ以上に正確だ、と理解される時代が到来することは十分にあり得る。そのような状況においては、これまでは存在しなかった、質の違う問題に取り組む必要がある。即ち、いわば「究極のプライバシー事項」である内心の読み取り可能性が出てくる中で、それに伴うプライバシーに関する問題にどう対処するかというイシューについて考えなければならないだろう。
 このような技術進展と法律問題の相互関係も含め、ブレインテックの法律問題については引き続き注目すべきである17
                                                   以上

14)松尾剛行=小松詩織『脳神経情報と個人情報保護・プライバシー』/情報ネットワーク・ローレビュー22巻67頁〈https://www.jstage.jst.go.jp/article/inlaw/22/0/22_220004/_article/-char/ja〉 ※記事はサイト内でダウンロード可能です。
15)Yu Takagi, Shinji Nishimotom, High-resolution image reconstruction with latent diffusion models fromhuman brain activity, bioRxiv 2022.11.18.517004; doi: https://doi.org/10.1101/2022.11.18.517004
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.11.18.517004v3.full.pdf
16)なお、いわゆる「宴のあと」事件(東京地判昭和 39 年 9 月 28 日下民集 15 巻 9 号2317 頁)の私事性、つまり「私生活上の事柄又は私生活上の事柄らしく受け取られる事柄」概念からするとブレインテックの読み取った不正確な情報も「私生活上の事柄らしく受け取られる事柄」に該当するだろう。
17)本稿は早稲田大学博士課程杜雪雯さんに協力をいただいた。ここに感謝の意を表する。


筆者プロフィール 松尾剛行

<筆者プロフィール>
松尾剛行(まつお・たかゆき)
桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士(第一東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士、法学博士、学習院大学特別客員教授、慶應義塾大学特任准教授、AI・契約レビューテクノロジー協会代表理事。